北ア槍穂 北鎌独標(2899m) 2011年10月8-10日

所要時間
10/8
 6:19 上高地−−7:05 明神−−7:47 徳沢 7:54−−8:45 横尾(休憩) 9:02−−10:13 槍沢ロッジ(休憩) 10:30−−10:58 ババ平 11:01−−11:22 水俣乗越分岐(大曲)−−11:50 標高2250m付近で休憩 12:15−−12:39 水俣乗越 12:43−−13:30 標高1930m(幕営)

10/9
 6:16 標高1930m−−6:31 北鎌沢出会−−8:02 北鎌コル−−8:38 P8−−8:42 P9−−9:26 ルートを外れ独標に向かう−−9:40 北鎌独標(休憩) 10:13−−11:13 P9−−11:21 P8−−11:32 標高2600m付近で休憩 12:00−−12:26 北鎌コル−−13:20 北鎌沢出会−−13:41 標高1930m(幕営)

10/10
 4:37 標高1930m−−6:12 水俣乗越(休憩) 6:31−−7:12 西岳ヒュッテ−−7:30 休憩 8:02−−8:07 登山道を離れる−−8:12 稜線−−8:20 赤岩岳 8:24−−8:28 登山道−−8:48 西岳分岐−−8:48 西岳 9:00−−9:39 水俣乗越(休憩) 10:07−−10:30 水俣乗越分岐(大曲)−−10:47 ババ平(休憩) 11:25−−11:43 槍沢ロッジ−−12:45 横尾(休憩) 13:24−−14:11 徳沢(休憩) 14:39−−15:20 明神−−16:03 上高地

概要
 上高地→水俣乗越→天上沢(幕営)→北鎌沢右俣→北鎌独標をピストン。岩は専門外なため独標まで達してから逆戻りしたが、少々積雪があって下りはドキドキハラハラで槍に抜けた方が安全だったかも。登りはアイゼン&ロープ不要で行けた。たぶん来週はもう冬山だろう。貧乏沢からの入山はゼロ。今は水俣乗越がメインアプローチルートか。3連休の北鎌は私の他に5,6パーティー、計10人強の入山だった

赤岩岳から見た北鎌尾根(クリックで等倍表示)
ルート図。クリックで等倍表示

 私の残り少ない2000m峰のほとんどがロッククライミング対象の山であるが、その中でもっとも難易度が低いのが北鎌独標と思われた。ここは北鎌尾根縦走で年間でも多数の登山者(クライマー)が入山するエリアで一部のスペシャリストの世界ではない。この点は劔岳北方稜線も同じであるが、あちらはピークがいくつもあり、今の私の実力では小窓ノ王と八ッ峰ノ頭はてっぺんに登るのは無理と思われた。その点、北鎌独標はDJFの記録によれば安全装備の出番なしで、しかも予想より簡単にてっぺんまで登れておりチャンスが大きいと思えた。ピーク一つだけ登ればいいのでリスクも少ない。2011年最大の山場と言えそうだ。

 問題は時期である。できればくそ暑い夏場ではなく涼しい秋、しかも雪が来る前にやりたかったのだが、台風の影響等で延び延びになって10月中旬近い体育の日まで来てしまった。すでに槍は初冠雪どころか2、、3回雪が降っており、数日前の降雪は南斜面は消えたが北斜面はライブカメラでは判らない。行ってみないと危険がどの程度か不明であるが、これを逃せばほぼ確実に雪を纏って今年中の登頂は無理だろう。リスクはあるが出かけることにした。天気予報は3連休の期間中はずっと晴れ、最高の予報だった。

 コースであるが、以前なら貧乏沢を考えただろうが、数年前の山渓で水俣乗越から入るコースが紹介され、労力的には貧乏沢より数段省力化でき、入山初日に北鎌沢出会まで可能だった。駐車場料金とバス料金がかかるのが痛いが労力節約に見合う金額と判断し、上高地から入ることにした。また、普通は北鎌尾根に出たら槍まで抜けるのだが、私の場合は岩は専門外で独標から先のルートを歩けるのか、また、大ザックを背負って最後の槍の登りを登れるのか不安であり、常識から外れるが北鎌独標からとんぼ返りで北鎌沢を下る計画とした。これにより2泊確定。それも天上沢で2泊だ。こんな無駄なことやったことあるヤツはいないだろう。でも安全を考慮するとこれがベストだと判断した。

 金曜夜に出発、深夜割引にはならないが睡眠時間確保のため沢渡まで直行、PM10時半くらいに到着。駐車場は毎度利用している沢渡上の松本電鉄駐車場だ。ここはバス乗務員用のトイレ(24時間使用可)がありバス停もあるので便利なのだ。沢渡中バス停にはトイレ付き足湯付きの市営の大きな駐車場もあるが、ここは夜中も車の出入りが多く安眠できないので、こちらの駐車場の方が快適なのだ。駐車場は既に8割方が埋まっており、連休前日から多くの利用者がいることがわかった。こりゃ、上高地は大混雑か。

 今回の装備は気温を考えて準冬装備とし、冬用シュラフに6本爪軽アイゼン、各種防寒装備を担ぐため70リットルザックにする。こいつはザック自体が重いのでできれば使いたくないが、荷物がかさばるのでしょうがない。アイゼンは12本爪にするか、ピッケルを持っていくか最後まで悩んだが、そのような場面が出てきたら私の力量を超えていると思って撤退することにして6本爪にピッケル無しとした。ただし、15mのお助けロープだけは忘れない。これは軽いので問題ない。パッキングを済ませて睡眠。この時期のバス始発は5:40なので6時間近く眠れる。

 翌朝、まだ真っ暗なうちから駐車場内をうろつく車が続出、なんともう満車になっていた。次から次へと車がやってきては駐車スペースが満杯でウロウロして出て行くの繰り返しで、そのうちに駐車区画外の空きスペースも車で埋まりはじめた。前夜に駐車場を確保して正解だった。山中で話を聞いたら飛騨側のアカンダナ駐車場も全く同じ状況だったとか。好天の3連休は恐ろしい。

上高地バス停

 薄明るくなり始めた頃、のんびり飯を食っているとバスがやってきて定刻20分前くらいから客を乗せはじめた。どうも臨時便を出す様だ。今日は天上沢までなのでさほど急ぐ必要はなく、そのまま飯を平らげてザックを背負いバス停に向かい、駐車料金と上高地往復料金を払って待ち行列に加わる。始発のバスには乗れなかったがすぐに後続のバスがやってきて私を含めてどっと乗り込んですぐに満杯となる。もちろん大ザックの登山者の姿も見られるが、北鎌に向かう登山者はいるだろうか。国道は先日の台風で崩れた場所があり片側交互通行区間があった。3連休中は観光バスは規制で上高地に入れないため、釜トンネルより先はスムーズに走行し上高地へ。バスターミナルはやっぱ人が多かった。登山者の大半は涸沢だろうか。ちなみに後日ネットで見たらこの日の涸沢のテント数は約1200張!!(想像不能な数だ)、人数は約2000人で史上最高だったそうだ。

河童橋と穂高 明神
徳沢手前から見た穂高
徳沢手前から見た明神岳〜前穂
徳沢のトイレ。ここは比較的空いていた 徳沢のテント場
徳沢の小屋 新村橋
東から見た前穂
横尾のテント場 横尾山荘
涸沢方面の橋。えらい人数が吸い込まれる 横尾のトイレ大渋滞

 この先は勝手知ったるコースなので地図を広げることなく進む。カッパ橋、徳沢と通過して初めて訪れる横尾で休憩。ここのトイレは大渋滞していたが、空いていた徳沢で用を足しておいたのでよかった。横尾までは大集団の中を歩いていたが、ここで大半の登山者は吊橋を渡って涸沢方面へと吸い込まれていった。

 再び歩き出して少しすると道幅は車が通れる広い道から登山道の幅になる。登山者の数はめっきり減って静かだ。今回は携帯音楽プレーヤ(正確にはICレコーダ)を車に忘れてきてしまい、単調な歩きで音楽がないのは飽き飽きしてしまう。紅葉は思ったほど進んでいないが青い空がきれいだった。これで槍が見えればいいのだが、このコースは東鎌尾根が邪魔してほとんど槍を見ることができなかった。

一ノ俣。常念乗越の道は廃道 槍沢左岸に登山道が続く
二ノ俣 槍沢ロッジ

 一ノ俣、二ノ俣を越えて槍沢ロッジに到着して休憩。朝は寒かったが日中は半ズボンでないと汗をかくような気温であった。ここまで歩くだけでかなり時間がかかっており、荷物の重さがあるので結構足に来てしまった。まあ、のんびり歩いても時間的には余裕はあるさ。

槍見から見た槍の穂先 これは赤沢山南のカブト岩
ババ平 ババ平の水場。パイプから出ている
なおも槍沢を遡上 大曲(水俣乗越分岐)。沢は涸れている
水俣乗越方面へ登る 途中から急な登りになる

 休憩を終えて出発。少し先に進むとテント場のババ平。パイプで引かれた水も出ており場所も広く平らでいいところだが、初日の幕営地としては近すぎるかな。ここでもまだ槍が見えない。赤沢山南斜面は崖となっていて沢は落石の押し出し、いかにも険しい地形であり、南側から山頂に登るのは難しい。やっぱ西岳ヒュッテ経由が楽だ。やがて水俣乗越の分岐に到着、涸れた沢に沿って上に道が分岐している。ここで休憩しようと思ったがもう少しがんばることにしてやっと本格的な登りにかかる。しかしここまでの疲労に重いザックに急傾斜は堪えた。標高2300mを目の前にして木陰で休憩。その間に大ザックを背負った3人に追い越されたが、水俣乗越に幕営装備で向かうということは北鎌か? 単独の男性はメットをぶら下げていたので間違いないがダブルストックの男性2人パーティーはどうだろうか。

中岳方面 槍沢を見下ろす
赤沢山の稜線
先行して登る3人(単独+2人。全員男性) 水俣乗越

 休憩を終えて出発。こっちは休んだ直後なので勢いがあり3人を追い越して先に水俣乗越に到着、少し間をおいて後続が到着し、行き先を確認したところ私を含めて全員が北鎌。3人はここで休憩するが私はこのまま天上沢に下り始める。

水俣乗越から見た天上沢方向 天上沢へ下る道の入口。非常に明瞭
上部は雪が残っている 明瞭な道が続く
左は北鎌尾根 右は牛首山の尾根
ジグザグに付けられた道 間もなく傾斜が緩む
やっと槍ヶ岳が姿を見せた

 踏跡は明瞭で登山道と呼んでも差し支えないほどで、貧乏沢よりも利用者が多いかも知れない。北側斜面には僅かに残雪が見られるが凍結はなくアイゼンの出番はまだ無い。ルートは最初はジグザグに、やがてまっすぐ下っていく。天上沢の源流部右岸側の高い位置にルートがあり危険箇所はなかった。邪魔な藪もほとんど無く快適な道だった。

まだ凍っているがちゃんと流れもあり水が得られる ガレ沢の左岸に踏跡あり
まだ天上沢平坦部は低い位置 最初のテント場。標高2150m前後。水無し
水俣乗越を振り返る たま〜にケルンあり

 やがて右手からガレた沢が合流する箇所で沢を横断し左岸側に出る。沢は水量が少なく大部分が凍っているが流れもあり水の補給が可能だが、この辺は幕営に適した平地が見あたらないし落石の危険があるので先に進む。標高2150m付近で初めて幕営地が登場するが、ここでは沢の水は伏流化して水が得られないのでパス。ここまでは左岸の高台に踏跡が続いていたが、この先は石ゴロゴロの水がない河原の中を歩くことになり足跡が残らないので適当に歩きやすいところを選んで下っていく。たまにケルンが積んでありルートが正しいことを確認できる。まあ、沢の下りは分岐がないので気楽に進めるけど。

水場のあるテント場 テント設営後
対岸のテント場 水場。流れは豊富
この倒木の横がテント場(上流方向を見ている)

 水の無いガラガラの河原を歩き続けていい加減嫌気がさす頃にようやく水が得られる場所が登場、左から大きな流れが合流しており、テント場が2カ所ほどあったのでここを宿とする。標高は約1930mで北鎌沢出会までまだあるが、どうせ明日はまたここまで戻ることになるので進んでも労力が増えるだけだ。地ならしをしてテントを設営し汗をぬぐってさっぱりしたが、その後がまずかった。石の上に乗ったら浮き石で動き、バランスを崩して手をついたら手の平の皮がペロっと剥けてしまった。これはヒリヒリする痛みでよろしくない。手首に近い場所なので岩登りには支障はなさそうだが日常生活に支障が出そうな。ティッシュと絆創膏で応急処置。それ以外は特に何事もなく、テントでラジオを聞きながら昼寝し、いい時刻なって酒を飲んで寝た。さあ、明日はいよいよ北鎌独標アタックだが成功するだろうか。そうそう、昼寝の最中にいくつかの足音が聞こえて、水俣乗越で会った単独男性と2人パーティーの外にも入山者が複数あったようだ。明日は賑やかかな。一番遅い足音は真っ暗のPM6:30くらいだった。

朝焼けの槍ヶ岳 北鎌沢出合へと河原を下る
北鎌沢出合 北鎌沢出合手前のテント場

 翌朝、テントは霜で真っ白、テント内の水は凍らなかったが0℃くらいまで気温が下がった様だ。河原の石にも霜が降りてツルツルしており、稜線上の岩も霜が付いているだろう。気温が上がって霜が解けてから岩に取り付くべきと考えて出発は6時過ぎの十分明るくなった時刻とした。稜線まで2時間くらいかかると思われ、8時なら日が当たっていればまあ大丈夫かな。ガラガラの河原を下っていくと北鎌沢出会でテント1張を発見、初老の男性が飯の最中だった。本日の最終出発はこの男性だ。その他のテントはきれいさっぱり消えており、全員が出発後だった。北鎌沢は水が流れているのですぐに判った。あとはこれを稜線まで遡上する。踏跡は見られないので沢の中(というか河原)を適当に歩けばいいようだ。

北鎌沢を僅かに上がったところにあるテント場 北鎌沢
上部に登山者の姿あり 北鎌沢左俣。水が流れている
北鎌沢右俣。涸れている 北鎌沢右俣を延々と登る

 まだ気温が低い時間で流れ近くの石は薄い氷でコーティングされツルツルだ。でも沢の水量は少なく多少滑っても場所が悪くない限りは靴の中まで濡れることはなさそうだ。石に降りた霜はもう消えていたので気温が上昇しているのだろう。北鎌沢は上部はそれなりの傾斜なので沢の途中を見渡すことができ、先行する登山者の姿も見えた。すぐに左俣が分岐するが、情報通りに水の流れは左俣のみで、右俣は涸沢だし直進方向なので間違えることは無いだろう。素直にまっすぐ進めばいい。右俣は小規模なナメ滝は1カ所あったが左から迂回する踏跡があり、危険箇所はなかった。ただし、石がゴロゴロで天上沢並に歩きにくいのはしょうがない。1,2箇所で大きめの岩の横を少し強引に登る場面があり、下りではロープが必要かなと思ったが、下りでは1回もロープを出さずに下れてしまったのでどうということはなかったようだ。

赤い岩が印象的な唯一の滝(右岸側を巻く) ほとんどの区間が涸れ沢
水俣乗越で会った2人組を追い越す たま〜に沢を巻くがまた沢に戻る
標高2350m付近が最後の水場 先行する4人パーティー

 右俣は基本的に直進で一番太い谷を遡上し続ければいい。標高2300m弱で左右に同じくらいの太さの涸れた谷に分かれるが、メインルートは右側の谷でDJFはここで左を登ったようだ。たぶんどちらでも同じような結果だと思う。右の谷も上部は結構な傾斜で、最後は谷を離れて右側の小尾根に取り付くのだが、ここが急斜面で下れるのか心配になった。実際は下りの際はそこは通らず、さらに右側の小さな谷に下ったのだった。こちらの谷から尾根に上がる方が傾斜が緩く安全だった。ここまでの間で数パーティーを追い越し、目の前には4人?パーティーと本日最大の団体が急斜面に張り付いて上がっている最中だった。

谷から這い上がるところが滅茶苦茶急斜面 北鎌のコルで休むパーティー
北鎌のコル 北鎌のコルから槍方面の稜線

 落石が心配なので少し離れた場所で待機し、先行パーティーが岩っぽい箇所を通過して草付きに出た段階でこちらも出発、谷の右側の岩の出た急斜面を這い上がるが、イマイチホールド、スタンスが浅くて登りにくい。この傾斜では下りはロープが必要そうだが支点が取れるか心配だ。最初だけがかなりの傾斜で、そこを抜けるとやや傾斜が緩んで岩の凸凹が大きくなって歩きやすくなり、それも数10m程度で終わって冬枯れした草付きの斜面に変わる。鞍部まで一直線に上がるとさっきのパーティーが賑やかに休憩中。鞍部には大型テントが設営可能な広い平坦地があった。私はこのまま休憩せずに先行することにする。落石の心配があるので、ここで時間差を作っておいた方がパーティーのために安全であろう。

最初は緩やかに登る。道は明瞭 DJFが上がってきた谷にも踏跡あり
チラチラ雪が出てくるがまだ安全 この岩は左から巻く
背後を振り返る(クリックで拡大)
ピークのように見えるのはたぶん2600m肩 たぶん2550m付近の登り。緊張感が出始める
2600m肩への登り 振り返る
雪の上には複数の足跡あり

 稜線上には明瞭な道ができあがっており、目印はほとんど無いが迷うことはない。概ね稜線上か稜線東側を巻くルートでクライミングが必要な地形は出てこない。まだ雪も無くて安心して歩ける。DJF情報通りにあちこちに小さなテント場が点在し、水さえ持ち上げれば好き勝手に幕営できそうだ。先に見えるピークへの急斜面に2人の登山者の姿が見えた。ハーネスを付けていたりピッケルを握っている様子は見られず、まだ危険箇所は登場しないようだ。

最初の難関 上部がザイルが垂れた壁
ザイル直下 その上部も急斜面の連続

 このまま何でもない安全ルートが続くのかと思いきや、2749m峰への登りで状況が一転する。岩場ではなくハイマツや灌木の生えた斜面なのだが、これがまたかなりの傾斜で落ちればそのまま転落しそうだ。たぶん登山道があるルートなら梯子が登場する場面だろう。おまけにうっすらと新雪が積もっている。凍っていないのでアイゼンの出番ではないが、左右のハイマツや灌木の枝に掴まりながら慎重に登った。帰りはこれを下るのを考えると少なからず「撤退」の文字が頭に浮かんでくる。さらに、ザイルがぶら下がった凍結した急な岩が登場、ここはフィックスロープよりも右側を登れば凍結箇所を迂回して3点確保で登れそうだが、下りでは自分でロープを出さないと危なくて下れない。その上部も猛烈な傾斜の斜面が続き、ドキドキしながら登る。雪がなければ多少余裕が持てたかもしれないが、今回は写真撮影どころの精神状態ではなかった。

P8から見た稜線
P9から見た硫黄尾根、裏銀座(クリックで拡大)
P9から見た表銀座
P9から見た後立山(クリックで拡大)
P9から見た笠ヶ岳

 どうにか急斜面帯を切り抜けて傾斜が緩むと緊張から解放される。しかしいつまた危険地帯が登場するか判らない。しかし、意外にもこの先は同じような高さの小ピークの連続で、崖を通過する様な場所も無く安心して歩けた。各ピークにP*(数字)の呼称があるようだが、どこがどこなのかさっぱりわからなかった、というか帰りのことを考えて気にしている余裕がなかった。ピーク間の小鞍部で1カ所だけ距離は短いが急な岩を下るところがあり、そこだけロープが垂れていたが、ホールド、スタンスがあったのでロープを使わないで下ることができた(帰りは稜線を直登した)。各ピーク間とも踏跡は明瞭だったし小さなテント場が数カ所にあった。

ゴツゴツした稜線が続くが1か所を除いて意外に歩きやすい
P9方向を振り返る この岩は右巻き
登山者がいる場所が岩壁 岩壁上部から見下ろす。コケれば止まらない
やっと間近に独標が見える。赤線がルート 独標手前のほっとできる場所

 いよいよ北鎌独標に取り付く一つ手前のピークへの登りでまだ関門。薄く雪が付いた岩壁を登らされる。ホールド、スタンスがそれなりにあるので雪が付いても登りなら何とかなるが下りはロープが必要だ。そこを登り切るとなだらかでほっとできる場所だった。

垂直の岩直下にフィックスロープあり 巨岩基部を西から巻く。足元は切れ落ちている
独標側からフィックスロープ個所を見る。ちょうど登山者が通過中

 その先から独標の巻道に入るが、その入口が第一関門。稜線に立ちふさがる巨岩の基部を右に巻くのだが、足下は一部崩れており、鎖の代わりにボルトで固定された緑色のロープが設置されていた。これがないと自分でロープを出して安全確保が必要だろう。まあ、ロープが設置されていなくてもボルトだけでも十分に助かるが。

これを回り込んだ先に出っ張りのある岩あり

 その先は稜線を大きく外れて西側を巻いていく。私はルートを知らないが先行者2人の姿があり、雪の上にくっきりと足跡が残っているし、この付近は岩ではなく砂利気味なので踏跡がしっかりと残って道になっているから間違いようがない。

この背中側に不明瞭な棚がある。上に登るのも可

 斜めに登って小尾根のように出っ張った岩を回り込むと胸の辺りの高さの岩がはみ出した箇所が登場、右手は崖なので迂回できず、ザックが引っかからないよう屈んで通過。ここもフィックスロープがあり、大ザックだとこれに掴まって通過となろう。もし落ちれば奈落の底行きだ。次の小尾根を回り込んで僅かに下るとルートが不明瞭になる、というか、周囲は砂地ではなく岩場ばかりになって足跡が残らないのだ。ここで先行する男性に追いつく。この人とは昨日日中に水俣乗越で会っており、赤いメットを被った単独男性だった。もう1人先行する男性がいたが、上を見ると急斜面を登っているではないか。まあ、登れない場所ではないが今までのルートと比較すると難易度が数段上がっており、どうも一般的なルート取りとは思えなかった。常識的にはこのままトラバースだと思うが、今までのように明瞭な棚があるわけではない。でも岩には凸凹があってさほど危険なくトラバースすることができそうで、2人で相談してこちらは横移動を選択した。ここも少し先で岩が張り出していてその向こう側の様子が見えないのが難点だが、回り込んでみると明瞭な棚が登場し、雪の上に足跡があった。やはりこれが正解であった。

再び踏跡が明瞭化 チムニーはフィックス利用で登る

 緩やかに高度を上げつつトラバースを続行。割と踏跡が判別しやすく迷うことはなかった。もっとも、この付近はいくつか横移動できそうなルートがあり、各自歩きやすそうな場所を行けば問題なさそうだった。1か所だけ、小さなチムニーをよじ登るところがあり、手掛かり足がかりに乏しいのでテープがぶら下がっている。ここで男性が私に先に行けとのことで、荷物が軽い私が先行。テープは軽々とクリアし、その上部も登りにくいが何とか強引にクリア。

緩いトラバースを進む たぶんここが独標への踏跡入口?
小さな棚を進む ここも棚を斜めに登る
たぶんこんなルートだと思う 稜線上の踏跡

 踏跡?は最初はジグザグに上がっていき、小さな谷を横切って北側の小尾根を乗り越え、雪の積もった谷で消えてしまった。でもこの谷はどうにか登れそうな傾斜と凸凹があり、雪で滑り落ちないよう慎重に登っていく。この先は帰りにルートがわかるよう、目印を残しつつ進んだ。まあ、雪があるところは自分の足跡が残るけど。傾斜がきつくなるところで右の小尾根に逃げて、そこから左にトラバースしたが、実際はそのまま上に登っていれば僅か数mで稜線付近の踏跡に出たのであった。そうとは知らずに急斜面の隙間を縫ってトラバースし、上部に進んでやっと踏跡に出た。もうここまでくれば安全地帯だろう。独標をトラバースせず直登した男性が既に山頂の岩の上で休んでいるのが見えた。

北鎌独標南側岩から見た北側岩(最高点) 北鎌独標山頂
山頂東側は草付き 北鎌独標から見た牛首山
北鎌独標から見た槍ヶ岳
北鎌独標から見た裏銀座方面(クリックで拡大)
北鎌独標から見た硫黄尾根赤岳(クリックで拡大)
北鎌独標から見た硫黄岳(クリックで拡大)
北鎌独標から見た表銀座方面(クリックで拡大)
北鎌独標から見た笠ヶ岳と白山
北鎌独標から見た双六岳〜三俣蓮華岳(クリックで拡大)
北鎌独標から見た鷲羽岳〜野口五郎岳(クリックで拡大)
北鎌独標から見た後立山(クリックで拡大)
北鎌独標から見た蝶ヶ岳
北鎌独標から見た北信の山(クリックで拡大)
北鎌独標から見た八ヶ岳
北鎌独標から見た南アルプス(クリックで拡大)

 稜線を北上すると大きな岩が南北に配置され、北側の岩が最高点らしい。GPSで独標の位置を確認すると間違いなく北の岩の上であった。念願の北鎌独標山頂に無事到着! 当たり前だが邪魔する物は皆無で360度の大展望。槍は目の前、直線距離で約1.4kmしかないので本当に近く見える。平坦地でこの距離を歩けば20分程度しかかからないだろう。もちろん、北鎌尾根は平坦ではないし、槍山頂まで標高差がまだ約300mあるので、その分の登りだけでも1時間弱が必要だ。この先はもう少し岩の経験を積んでからにして今回はここまで。西を見ると硫黄尾根が猛々しい。特に赤岳周辺の赤く崩壊した稜線。でも地形図の赤岳山頂ピークとその南側の中山沢は距離が近く、沢の傾斜も緩やかで残雪期なら赤岳1ポイントしか登らないのであれば今の私でも行けそうに思えた。やっぱ来年春はここにしようか。ここから見る硫黄岳は緑に覆われて大らかそうなのだが、実際の稜線上は・・・。もう少し経験を積んでから挑戦だな。双六岳、三俣蓮華岳、鷲羽岳、水晶岳、薬師岳、野口五郎岳、針木岳、蓮華岳、唐沢岳、餓鬼岳、燕岳、大天井岳、常念岳、赤岩岳、西岳と有名どころがぐるっと見渡せる。南アも甲斐駒から聖岳まで見えているし、八ヶ岳も北から南まで。でも残念ながら奥日光方面は背の高い雲に隠れて見えなかった。残念。

 男性は槍をバックに記念写真撮影を私に依頼し、休憩を終えて槍に向かって出発していった。私は帰りに備えてしばし休憩。ルートの危険度は把握しているが、下りの方が登りよりも数段危険であり、今度ばかりはアイゼンとロープを出す必要があるだろう。まさかお助けロープを忘れていないよなとザックの中を確認するとちゃんと入っていた。マジでこれが無かったら槍に抜けるしかなかっただろう。

稜線の踏跡を離れて下り始める 下ってきた斜面
巻き道に出る チムニーはロープを出して下った

 休憩を終えて下山開始。途中まで稜線の踏跡を南下、鞍部手前で私が登ってきた小尾根に接近したのでそちらに乗り移り、滑り落ちないよう、そして落石を起こさないよう慎重に下った。下部にトラバース中の人が見えた時は行動を停止、落石を絶対に発生させないようにした。そして無事ルートに合流。これで当面は安全圏内だ。独標の巻き道区間で次々と登山者とすれ違い、やばいところを避けて広いところで通過待ち。大パーティーの進行速度を見ていると私より格段に遅い人も多く、この分だったら私も槍に抜けるべきだったかとちょっと後悔。でもテントは天上沢に残置なのでもう遅い。心配していたチムニーの下りは思ったより簡単で、念のためにロープを出したがフリーで下れたかもしれない。

巻き道入口 水俣乗越の2人組
P9 ここもロープを出した

 独標巻き道を終えて、次々とパーティーとすれ違う。なだらかなピークの巻き道を終えての下りでまずはロープを出して雪の付いた岩壁を下る。ロープが無いと下れないわけではないが、ここで滑り落ちれば「痛い」では済まないのでバックアップ用だ。まあ、凍っているわけではないのでロープに体重をかけることもなく無事に通過できた。

ここは直登したかな?

これは左から巻き気味に登った
たぶんP9 まだ水俣乗越より高い
北鎌尾根が北に延びる
たぶんP8 天上沢は遥かに低い
写真では分からないがかなりの急斜面 フィックスロープの個所

 一連のピークを通過、もう誰もいない。そして問題の急斜面の下り。まずアイゼン装着。フリーで下るのは怖くてお助けロープを出し片手で握りしめ、もう片手はハイマツや灌木を掴みながら慎重に足を進める。安全地帯に入ったらいったんロープを回収、次の下りのために支点にロープを引っかけて再び下降。ここで単独男性とすれ違う。やっぱ登りの方がずっと危険度は少ない。最初の急斜面をクリアし、次のロープの出番はフィックスロープのある凍った岩。ここもロープを出したが垂れたロープに沿ってまっすぐ下るのは逆に危険で、ロープを使わずフィックスロープとハイマツを利用して突破した。ところがロープを回収しようとしたら枯れ木に引っかかってしまい、登りなおしてロープを解き、また下ってロープ回収。もう一度ロープを出して急斜面を1ピッチ下れば危険地帯は終了。気が付くとこの急斜面の手前の肩で単独男性が休憩中だった。この人は北鎌沢出会でテントを張っていた人で、本日最後に出発した人だ。休憩がてらに少し話をしたが、やはり独標から戻るよりも槍に抜ける方が簡単だという。最後の槍の登りがきついがここの下りよりは危険は少ないという。縦走は次の機会としよう。話し込んでいる内にもう1名男性が上がってきて休憩に加わった。この時刻だと昨夜は水俣乗越より手前で幕営だろうか、それとも貧乏沢経由か?

やっと安全地帯に 振り返る

 これより下部はやっと危険地帯が終わり、アイゼンを外して無雪の踏跡を順調に下っていく。しかし北鎌沢に入ると次の問題が。北鎌へのもう一つのアプローチに使われる貧乏沢からの入山者だ。燕山荘から出発するか大天井ヒュッテから出発するかによるだろうが、たぶん入山2日目の今日は北鎌の稜線上で幕営が普通のタイムテーブルだろうから、私が沢を下る時に沢を上がってくる可能性が高い。そうなるとあの石ゴロゴロの北鎌沢右俣で落石を発生させずに下る必要がある。これはかなり難しい注文で、ほとんど不可能だと思えた。下部を見ながら進んで落石が到達しそうな範囲内に人がいる時は行動停止する必要があるだろう。時間はかかるだろうが今日はテントまで戻るだけなのでのんびりしてもいい。コルに出る前に本日最後のお客様、単独男性とすれ違った。水俣乗越を下って最初のテント場で幕営したそうだ。この時刻でこの場所だと稜線上で一泊だろうか。

北鎌のコル 草付きの広い谷に踏跡が延びる
小尾根を外れて左の沢に入る(踏跡あり) 振り返る
涸れ沢を下る 本流との合流点。右の支流を下ってきた

 北鎌のコルは無人で、右俣を見下ろすと見える範囲内に人の姿はなかった。最初は草付きなので落石の心配はなくずんずん進み、沢までもうすぐのところで岩っぽくなってきて傾斜がきつくなったところで、往路とは置はルートを取った。小尾根を直進せず左手の小さな谷に下り、その谷から右俣に入ってみたが、こちらの方が傾斜が緩く安全性は格段に高かった。

予想外に無人 滝を通過
ガラガラの沢で下りはコケやすい 北鎌沢出合

 右俣に合流してからは一直線に下るのみ。ただし落石を発生させぬよう細心の注意を払いながらなので遅くなるし精神的に疲れた。丸い小さい石ではなくできるだけ川底の岩盤の上を歩くよう心がける。それでも何度か足下の石が転がり落ちたが、幸いにして数m転がって止まってくれた。それ以前にどこまで沢を下っても登ってくる人の姿が見えなかった。もしかしたら貧乏沢経由の入山者はゼロだったのか、それとも後ろの方ですれ違った登山者の中に混じっていたのだろうか。結局、天上沢まで誰とも会うことはなく、さらに北鎌沢出会にテントは皆無だった。

水の無い天上沢を遡上する 北鎌沢出合のテント場
右から水が流れる沢が合流 テント到着

 ゴロゴロと大きな石が転がった涸れた天上沢を遡上、今は霜は乾いて石が滑らないが歩きにくいのは大差ない。なかなかテント場=水の流れが出てこず、嫌気がさした頃にようやく右手から沢が合流、私のテントはこの沢のすぐ横の枝沢近くで、さらに数分歩いてやっと到着。本日のお務めはここまで。とりあえず無事に北鎌独標から戻ることができ、大きな目標を達成できた。


北ア表銀座 赤岩岳(2768.7m)、西岳(2758m)に続く

 

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